広島高等裁判所岡山支部 昭和29年(う)413号 判決
所論前段の要旨は原判決は被告人の所為を刑法第一五五条第一項の公文書偽造罪として処断しているのであるが、刑事訴訟法第一九八条によると、被疑者の出頭を求め、これが取調べをすることが出来るものは、検察官、検察事務官、又は司法警察員に限られ、公務所自体は含まれていない。然るに被告人の作成した呼出状は検察庁が通常用いている呼出状に体裁に於ては類似してはいるが、それに用いた印章は「謄写室長」と刻んだ印と「三文判」を使用したにすぎないで、検察庁印、及係担当員たるべき検察官、検察事務官を表示する印章を使用しておらない。又署名に於ても「検察庁刑事記録室」として担当係員たるべき検察官、検察事務官の署名をも使用してはいない。
従つて被告人は公務所又は公務員の印章若くは署名を使用して公務所又は公務員の作るべき文書を偽造し、又は偽造に係る公務所又は公務員の印章若くは署名を使用して公務所又は公務員の作るべき文書を偽造したものでもないから、いまだ刑法第一五五条第一項の公文書偽造罪の構成要件を充足していないのに拘らず、原判決は「検察庁の庁印と思れる印影を顕出せしめ、もつて叙上の記載等と相俟つて、一般世人をして同検察庁が権限内において作成し、その庁印を押捺した呼出状であると誤信させるような形式体裁を整えた有印公文書たる呼出状の偽造を完成し云々」と認定したのは法令の解釈を誤つたものであるというのである。
そこで被告人の作成した本件の呼出状を検すると、之に使用した印章署名についてはまことに所論のとおりである。然しながら之に用いた用紙はその中央欄外に「検察庁」と印刷してある真正な岡山地方検察庁用のものであること、作成名義である「岡山地方検察庁刑事記録室」との記載は右中央欄外の印刷の文字と相俟つて「岡山地方検察庁」たるの印象を与えること、又「岡山地方検察庁謄写室長」と刻んだ角印は一見して公務所である「岡山地方検察庁」の庁印であるかの如く、更にその下に押捺した丸形の印影は恰も同検察庁の係官の印影であるかの如くそれぞれ作為せられてをり、事実に於ても亦かく見誤られ易いこと、及びそれに記載してある原判示(第一)の如き種々の文言とを綜合して観察すると、その形式、その内容は共に検察、裁判の道に通じない一般世人をして真正に岡山地方検察庁の係官に於て作成したものと誤信せしめるに足るものがあることは、原判決の認定するとおりである。
然して公文書偽造の罪はいうまでもなく公文書の公信力を害し、又は之を害する危険ある場合を処罰の対象とするものであるから、右の如くたとえ公務所又は公務員の印章や署名を使用し、又は偽造した之等の印章や署名を使用していないとしても、公務所又は公務員の印章や署名であると誤信させるに足る類似の印影を顕出して、公務所又は公務員がその名義を以つて、その権限内に於て作成したものと、一般世人を誤り信ぜさせるに足る程度の形式と内容とを具備した文書を作成した場合には、公文書の公信力の害せられる危険は充分に存するところであるから、公務所又は公務員の印章や署名を使用したり、或は又偽造した印章や署名を使用したりして公文書を偽造した場合と等しく有印公文書偽造罪は成立するものと解すべきである。
従つて被告人の作成した本件の呼出状が右に説明したような性質のものである以上、たとえ所論のように岡山地方検察庁又は同庁係官の印章や署名を使用したり、若くは偽造した之等のものを使用したのではないとしても、刑法第一五五条第一項の罪を構成するものであるから、原判決の認定は正当であつて所論のような違法はない。
次に同論旨後段の要旨は被告人作成の呼出状記載の文言が脅迫罪の成立を見るべきものとすれば、同罪と前段の偽造有印公文書行使罪とは刑法第五十四条第一項前段を適用し科刑上一罪として後者の罪の刑に従つて処断したのであるから脅迫罪については処断していないということを前提とするの論であるが、科刑上一罪として取扱うという場合には両者を有罪と認めるのでなければこのような取扱いをする必要を生じないわけであるから脅迫罪についてももとより有罪と認めて処断していることは明かであり、論旨は既にその前提に於て誤りを犯している。然して所論の文書の形式、内容は一般の人をして畏怖せしめるに足るものであることは経験則に照らして明かであるのみでなく、又之等を受領した関係人の原審公廷に於ける証人としての各供述に徴しても亦之を証明することが出来るから、原審の認定に所論のような違法はない。所論は採用し難い。
(裁判長判事 宮本誉志男 判事 有地平三 判事 浅野猛人)